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水野翁の望みし事

その6

温泉が湧いたというアサギリ山のふもとでは、
さらに私を驚かすような光景が待っていた。

まだ温泉自体が湧き出し始めたばかりで
あたりにはちゃんとした建物もあるわけではない。

それでも温泉のまわりの景色には
私にとってなんとなく見覚えがあったのだ。

「なんだよ〜。
 浴衣姿の姉ちゃんがどこにもいないじゃね〜かよ〜」

「…誰も温泉街があるとか、
 温泉上がりたての女性がいるとか
 言ってないじゃない。

 ただ『温泉が湧いた場所がある』
 としかいってないわよ。」

「でも思ったより周りに
 建設途中の建物がたくさんあるね。」

「本当ね。
 もしかしたら一ヶ月もしないうちに
 お店として温泉を楽しめるかも。
 
 ねぇ、サンさん。」


サンやソイルたちのやりとりを
距離を置いて見ていたゴルドが
小声で私に話しかける。

「ソイル姐さんって、なんか
 サンのオッサンのあしらい方が
 上手いよな。

 よくできたヒトっていうか、
 ほら、オッサンをあんなに喜ばせちゃってさぁ…
 
 …どうかしたのか、ウェン爺?」

「いやぁ、そっくりだと思ってなぁ。」

気のせいかもしれない。
だが、私は思ったことを話してみた。

今自分がいる夢の中のこの場所と、
数日前に行った温泉街の風景が
自分の記憶する限り瓜二つだということ。

自分でそんなことを話しながらも、
結局私はそれら全てを打ち消すような
言葉でしめくくる。

「まあ気のせいだとは思うがな。

 温泉街なんてどこも似たようなもんじゃろうし、
 そっくりなのも当たり前かもしれんな。」

気づくとゴルドだけではなく、
皆が私の方を向いて立ち止まっていた。

「もしかしたら、それって
 気のせいじゃないかもしれない。」

ムーンが話を切り出した。

「そのうちウェンさんや店長に
 相談してみようとは思っていたんだけどね。

 この町、所々に僕が記憶している
 場所があるんだ。」


*

「たとえば僕がよく行く空き地があるよね。」

フレイがあっ、と声をあげる。

「私が初めてこっちに来たときに
 連れて行ってくれたところ?」

「そう。
 あそこ、僕が小学生のときに
 よく学校帰りに寄り道してた
 空き地とそっくりなんだ。

 最初見つけたときは本当に  びっくりしたよ。
 …多分今のウェンさんみたいに。」

「それにしてもこっちの世界のことで
 ウェン爺の知らないことがあるとさあ、
 なんか不思議な感じしねーか?」

「そうね。
 ウェンさんってここの世界に関して
 何でも教えてくれる人って気がするわ…。

 考えてみればウェンさんも
 私たちと同じ『常連客』のはずだから、
 知らないことも私たちと同じくらい
 あるはずなのよね…。」

「ほらほらウェンさん、
 もうちょっとこの辺回ってみましょうよ。」

私はなんとなく気づきつつあるのだ。
夢の中のこの世界が私たちにどう働きかけるのかを。

もちろんそれは推測の域を出ない。
しかし、この世界は私たちに
安らぎを与えてくれたり悩みを解きほぐす場、
新しい形の「語り場」を
提供してくれているのではないか。

ムーンやフレイも、
自分達の悩みを抱えて
こっちの世界に来て、
「解決」まではさせなくても
何らかの答えを出して
向こうの世界に帰った。

いわば私たち常連客の相互作用によって、
もしくはこの世界の喫茶店の外からの作用によって
それぞれの問題を解きほぐしているのだ。

ただ、今回のことで
喫茶店の外の街も、
私たちの記憶と密接に
関わっているかもしれないことがわかった。

それは私の温泉街の記憶だけでなく、
これから現実の世界で体験する記憶、
また他の常連客の記憶が
夢の中のこの街に反映されるということである。

もしかしたら律子や晴海との出来事も、
何らかの形をとってこの世界に出現するかもしれない。


「どうしたの、ウェン?
 ニヤニヤしてるよ…」

手をつないでいたツリーが
私の顔を見てこうつぶやく。

面白いじゃあないか。

こうしてまた私の書く日記の
ネタが増えていくわけだ。

自分の楽しみのためにも、
ここにいる若者たちのためにも、
ここですべきことはまだ多くあるようだ。

如月にも今日のことは
報告することができるだろう。

「さあ皆、そろそろ日も暮れる。
 喫茶店に帰ろうじゃないか。」


〜了〜

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