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水野翁の望みし事

その2

「え…ここ、どこですか…?
 みなさん…ヒト…なの?…」

そのウサギ顔の女性、―おそらく20代後半ぐらいだろうか―
は自分がどこにいるのか
理解できずに戸惑っている。

もちろん、ここの喫茶店の常連客は皆、
今の彼女と同じ気持ちを経験済みである。

皆、かつて彼女のように
夢の中でやけに実感のある、
けれども今まで見たこともない喫茶店の入り口に
突然立たされたのだから。

私のそばに居るリスの少女、ツリーや
テーブル席でくつろいでいる犬の青年、ムーン、
そして現在熊の姿をしている私自身も例に漏れない。

「いらっしゃい、ここは喫茶店。
 君や私達はお客さんじゃ。
 店長は今出かけているようだけどな。」

そうして私はいつものように、
自分でもわかっていないことを
あたかも知っているかのように
同じ立場の人間に説明する。


夢の中の喫茶店。
現実から客が動物の顔と姿で訪れる。
ここではいくらかのルールがある、らしい。

ここでは現実での自分の名前の代わりに
自分で決めた名前を名乗ること。

「店を出る」のと「店から外出する」のは違っていて、
前者は元の現実に戻ること、
後者はこの世界の中で喫茶店の屋外にでることを
それぞれ表現するということ。

喫茶店の外の他の場所でのバイトも可能だが、
なるべくバイト中で「店を出る」ことがないよう気をつけること。

他にも小さいルールは色々あるわけだが、
それはここで生活するうちに喫茶店の常連客は
自然と学び取っていくこととなる。


私はこの喫茶店に二ヶ月ほど通い続けている。
確かにこの世界のルールもある程度学んだ。

けれども何故そのルールがあるのか。
そもそも何故夢の中にこの世界があるのか。
この世界は夢なのか。
もしそうなら誰の夢なのか。

根本的な「疑問」には私は答えられない。

ただ、なんとなくある事実には気づきつつある。


ルールをある程度説明した後、自己紹介を行った。

「わしはここではウェンと呼ばれておる。
 この子はツリー、あの男の子はムーン。」

ムーンは新参者に挨拶をするが、
ツリーは相変わらず初めて会う人間に警戒をする。

他に紹介すべき人間がいないか、私は店内を見回す。
そして気づく。
あぁ、今日は土曜日だったな、と。

彼は今週も店の隅でボサボサのたてがみを
テーブル一面に広げ、突っ伏している。

このライオンの姿をした男、現実の週末、
つまり、土曜と日曜の夜にのみ
この喫茶店に現れる。

「…そして、あそこで突っ伏している百獣の王様が
 サン、という名前だ。」

私が「君も早速自分のここでの名前を決めるといい」
と言うまで、ウサギ顔の女性はきょとんとした顔で
ライオンの方を見続けていた。

「私のここでの名前…
 …ソイル、ソイルでいきます。

 よろしくお願いします。」

こうして、私の夢の中での日常は、
彼女、ソイルの出現により
再び少しだけ変化を見せた。


*

自己紹介の後、私達常連客
(といっても実質参加しているのは私とムーンだけで
 いつものようにツリーは傍で佇んでいた)は
ウサギ顔の女性、ソイルとしばらく話し合った。

彼女が最初見せた動揺もたちまち見えなくなり、
実にハキハキと物を話す印象を受けた。

話をしてみると彼女、現実では
社会人ではあるようだ。
銀行員やスチュワーデス
(『最近ではフライトアテンダントと言うんですよ』と
 熱く強調してくれた)
、弁護士等の色々な業界のことを語ってくれはしたが、
どこか「本物」のそれらの仕事とは違うような、
華々しい、表面的な部分ばかりを
かいつまんでいるような感じがした。

あくまでもちょっとした違和感ではあったが、
それでも商社マンを定年まで全うした
一人の老いぼれにとっては
割とはっきりした違和感でもあった。

もっとも、日ごろテレビドラマからそういった花形的な仕事の
情報を得ている、現実では大学生のムーンにとっては
大いに共感を得る内容だったようだ。

この店の常連客に女子高生の娘がいる。
いまはこっちの世界で日雇いのバイトを
しに行っているようだが、
もしこの場に居合わせたら
彼女もこのソイルの話に聞き入ったに違いない。

話に華がありすぎて違和感はあったものの、
『自分のいる「業界」は厳しいところだと実感している』
といった内容のことも彼女は語っていた。

そこのくだりにはどこか真実味があるのが
また不思議ではあったのだが。

話の途中、テーブル席で突っ伏していた
ライオン顔の男、サンが
気だるそうに顔を上げ、
ソイルに気づいて向き直った。

「おぉ、姉ちゃん。
 この店初めてかい?」

このサンという男、どうも極度の
女好きであるようだ。

女性と話すときは普段の
気だるそうな姿勢から一転し、
やたら楽しそうに話す。
先週も先述の女子高生、フレイに
つきまとい、煙たがられていたばかりだ。

けれども今回の彼女はどうも様子が違う。
ライオン男の執拗な質問にも丁寧に応じ、
終始軽く笑みを浮かべ
嫌な顔をすることなく接している。

すっかり話の輪からソイルをサンにとられ、
少し所在無げにしていると
横でムーンが「この人、大人だなぁ…」と
つぶやいたのが聞こえた。

私が彼の方を向き、目を合わせると
ムーンはついつい漏らした
発言に対する照れ隠しにとれるような
苦笑いを返してきた。

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