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いーちゃんから見た世界

その6

「この前、アサギリ山のふもとに温泉が湧いて、

 皆で行ったときにした話を覚えとるか?」

今、あそこの温泉は「アサギリ温泉」と呼ばれて親しまれ、
新しくできた旅館が町の人間に評判であることは
ツリーも知っていた。


「あぁ、温泉や空き地が誰かの思い出にあったものと
 そっくりだって話か。」

ウェンの問いかけに最初に答えたのはゴルドだった。


「そういや私も最近、現実で見覚えのある場所こっちで見つけた。

 学校の帰りの駅前の商店街に似てるの。」

「ここまで来ると、単なる偶然じゃあなさそうだな…」

フレイの発言を受けてムーンが考え込む。


「じーさんが言いたいのは『人顔』の奴が柵を生やしたっつー行動と、
 俺達が見た景色のデジャブは、同一の現象だってことかい?」

珍しく体を起こしてサンが口を開く。

彼はたまに驚くほど多弁になるときがある。


「そうじゃ。厳密には前者は意図的に起こしたものであり、
 後者は無意識に起こしたという違いはあるがのう。」

「私たちの想像が、そのまま現実に反映されるんですものね。

 考えようによっては『思いのまま』ということになるのね…。」

「へっ、『人顔』の野郎。何が『僕の夢で勝手な行動をするな』だ。

 やっぱり『ここ』は俺達の夢でもあるんじゃねえか。」

ソイルは戸惑い、ゴルドは毒づく。


常連客が思い思いに発言をしている中、
ツリーは人顔の青年の発言を思い出し、ささいな疑問に気がついた。

思わず口に出す。

「なんであのひとはわたしたちのことをしってたんだろう。」


夢の中なのに彼が人顔であることを指摘したとき、
彼は確かにこう言っていた。

『…正直君たちに対して、僕は友好的な感情を抱けていないんだ。』


「さいしょからわたしを見て『きみたち』ってよんでたの、あのひと。」

ツリーを数秒見つめた後、フレイが感心したように答える。

「アンタ、よくそんなことまで覚えてるわね。若さってすごいわね。」

「いや、明らかに個人差だろ。」突っ込みはゴルド。


ムーンが不安げな表情を浮かべる。

「『人顔』は僕達のことを知っているのか…?

 思い通りにできる力があるってことは、他の『夢として入り込んだヒト』に
 気づくことも、見張るような力もあるってことかな?」


「そんなことより大事なのは、わしらも負けずに
 思い通りの世界にしてやろうってことじゃ。

 もちろん、他の住人に迷惑をかけんようにな。」

ウェンが目に力を宿し、笑顔で放った言葉だった。


ツリーは思わずうなずいたし、他の皆も同様だった。


*

「人顔」の青年の登場と、
それに対する常連客達の議論以来、
喫茶店に来るみんなのおかげで、
ツリーは「自分がここにいていい」ことに
納得することができた。


また、いぶきは幼稚園を休んだあの日以来、
自分の両親が自分を必要としてくれていることに
気づくことができた。


ツリーはいぶきの思い出を
喫茶店側の世界にたくさん持ち込むことに成功した。


休日にはこれまでにしては珍しく
両親がいぶきを遊園地へ連れて行ってくれた。


そのときいぶきが見た
遊園地のマスコットキャラクター達のパレードは、
町に訪れた行商人の催し物の形で
ツリーの世界に反映された。


また、幼稚園でいぶきが絵を描いた
運動場で遊ぶ同級生達の風景は、
ツリーと同じ年くらいの子供達が遊ぶ
公園として現れた。


他にも大小あわせると、数え切れないくらいの
景色や思い出がこの世界に持ち込まれている。


「いらっしゃい。今日も早いね。」

入店時に鳩顔の店長が迎えてくれたある日、
ふとツリーはこの店長についてあることを思い出そうとした。

しかし思い出せないので尋ねてみた。


「みんなでひとがおのことはなしてたとき、
 てんちょうっていたっけ?」


店長は困ったような顔をしておどける。

「あ、ひどいなー。

 僕はあの日しっかりと皆さんの話を聞いていたよ。

 いやぁ、皆さんで思いのままに活動することを決めてから、
 思い出や風景の記憶が町のあちこちで今まで以上に頻繁に
 反映されるようになったんだね。

 驚きだなぁ。」


どうやら、この店長はツリーたち常連客が現実の世界から
この喫茶店のある世界に来ていることを理解しているらしい。


ただ、店長本人がいぶきたちの世界の住人かはわからない。

ムーンたちが質問しても「内緒だよー」とはぐらかしているのを
何度かツリーは見たことがある。


この世界と同じくらい謎の多い人物だ、と
聡明な五歳児でも首を傾げてしまう。


「でも話を聞く限り、君の思い出が町に反映される回数が
 圧倒的に多いんだってね。

 さすがいーちゃん、記憶力がいいのか感性が豊かなのか、
 どっちだろーなー。」


ツリーにいつもと同じドリンクを出した後、
店長は一人で納得しながら店の奥へと入っていった。


「いーちゃん」。

いぶきが親や幼稚園で呼ばれているあだ名だ。


この喫茶店では現実世界での名前は名乗ってはいけない、という
ルールはツリーは最初に聞いていたし、あだ名も含めて
こちらの世界では一度も口にした記憶はない。


なぜ、店長はツリーのことを「いーちゃん」と呼んだのだろう。

聡明な五歳児、ツリーはまた新たな謎を抱えることになった。


自分の生活している二つの世界。

「この世界には自分が必要とされていない」という
思い込みがなくなったと思いきや、
今度は他の人に相談しづらい謎を抱えることになってしまった。


いぶきの世界。

ツリーの世界。

彼女から見たこれらの世界に対する悩みはつきない。


〜了〜

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