「…おぉ、お前、無事だったんだな。
皆心配してたから、今日来る奴らお前見て大喜びだろうな。」
ツリーの来訪に一度は席から立ち上がったものの、
ゴルドは座りなおして頬杖をつく。
ツリーはいつものようにゴルドの座っている丸テーブルの横を
横切り、カウンターのいつもの席に座る。
店長もいないので、もう少し待っても来なければ
自分で飲み物を準備しようとツリーは思った。
少しの間の後、ゴルドがためらいがちに尋ねてきた。
「あー、別に答えたくなかったら答えなくていいんだけどよ、
お前、人顔の野郎と何があったんだ?」
『ひとがお』。
ツリーはその言葉に思わずゴルドのほうを振り返り、聞き返した。
「あのひとに、あったの?」
「いや、直接会ったのはお前とバイトに行っていたムーンとフレイだけだよ。
俺らは二人から話を聞いただけ。
この世界では動物の顔の奴しかいないと思ってたから、正直びびるよな。
もっとも、フレイなんかは人顔野郎の態度にぶちきれてて
人間の顔であることなんてどうでも良くなってたっぽいけどな。」
「…ここはぼくのせかいだからこのかおなんだっていってた。」
「お前にも言ったんだな、そのセリフ。」
これまで、ゴルドとは会話自体することがなかったにもかかわらず、
ツリーは人顔の青年と出会ってからのいきさつをなるべく詳細に彼に伝えた。
普段は彼の大声で乱暴な物言いが苦手で、
極力関係を持つまい、と思っていたが
いざ一対一で話してみると
会話の内容に応じてゴルドの表情は
百面相のように変化していき、むしろ話しやすささえ感じた。
「大体話の流れが見えてきたな。
どうやらお前が崖から落ちた後、まもなくムーンとフレイが崖の近くで
お前の代わりに人顔野郎を発見したようだな。
ムーンがお前の行方を人顔野郎に聞いたら、まさにお前が今言ったことを
そのまま教えてくれたんだとさ。
ご丁寧にも、『僕は何もしていないよ。勝手にあの子が走っていったんだ』とも言ってたらしいぞ。
その後はフレイがマジギレして人顔野郎に詰め寄ったみたいだけど、
人顔野郎は人顔野郎でヤバイ顔してヤバイ事をやってのけたらしい。
人顔野郎が『近寄るな』って叫んだ瞬間、そいつとフレイたちの間に
竹製の柵が出現したんだってよ。」
この世界がそいつ自身のものだっていうのも
あながち嘘じゃないのかもな、とゴルドは
小さく付け加えた。
*
「―そんなの、かんけいないよ」ツリーがつぶやく。
気だるげにしていたゴルドが顔を上げる。
「わたしたちもここにいるんだもん。
じゃあ、わたしたちもすきかってにしていいんだよ。」
ツリーの発言にゴルドは少しの間きょとんとしていたが、
やがて問いかけた。
「…お前、俺と会う前にこのことについて
誰かと話した?」
ツリーが首を振ると、ゴルドは突然声を上げて笑い出した。
その声の大きさにツリーは顔を少しだけしかめた。
「おもしれーな、皆照らし合わせたかのように同じこと言ってるよ!
まさかお前まで当たり前のようにそう言うとはな。
今夜は週末だし、もしかしたらみんな集まるかもしんねーぞ。
お前も来たことだし、今日は常連客全員で会議だ。」
「皆が通ってきている町なのに、他の人に迷惑かけるほど好き勝手やっちゃいけないと思う。」
「当然よ。誰がどうしようと勝手だけど目障りなことすんなって感じ。」
「他の人より特異な能力があったとしても、他人を傷つけてよい、というのは道理にかなっとらん。
相手が自分より弱い立場の者ならなおさらじゃ。」
「またその人、私たちの周りに現れるんでしょうかね…
ここでの生活に変な干渉をされるのは困りますね。」
「まぁ、俺は誰に何されようとここでダラダラすることはやめねえけどな。」
ゴルドが先だってつぶやいた台詞にツリーも納得した。
その日は常連客が全員集まり、ツリー、ムーン、フレイが出会った
人顔の青年について思い思いに話し合った。
皆がそれぞれ好き勝手なことを言っているように聞こえるが、
自身も含めて根っこにある考え方は共通している。
その気づきはツリーに安心感を与えた。
また、珍しくムーンやウェンが語気を強めてその青年を詰っている様は、
青年のツリーに対しての行いに起因する怒りによるものであり、
本気になって心配してくれる人がいることが
ツリーにとってうれしかった。
(もちろん、普段から語気の強いフレイの怒りもツリーにとってうれしかった。)
それぞれが思い思いに発言した後、ふとウェンが皆に問いかけた。
「…その青年は、自身だけがこの世界を思い通りにできるようなことを
言っていたようじゃが、そういえばわしらにも少なからずその力があるように思えるのう。」
〜つづく〜