ごめんね火田さん

その4

街中を歩き回っているうちに、
今までずっと真上にあったと思っていた太陽が
いつのまにか水平線のすぐ真上にまで
降りてきていることに気づいた。

「そろそろこの町も暗くなる。
 みんな、喫茶店に帰ろうじゃないか。」

階段を上る途中で
夕焼けに見とれていた私は、
ウェンさんの一言でこれからすべきことを知る。

同じく日の出に見とれていたムーンたちも
少し物惜しそうに喫茶店の方へ向かいだす。

「別に喫茶店からじゃなくても
 『出店』はできるんだけど、
 やっぱりお店で解散、っていう方が
 みんな気持ちがすっきりすると考えているんだ。」

「そーそー。
 街中で突然消えちまうと
 色々やり残した気分になりそうだしな。」

「出店」といえば確か
この世界から現実へと帰ることだ。

私が「出店」すると、
この世界から猫顔の私は
その場から突然いなくなる
ということだろうか。
まぁ、私が現実へ帰るのだから
当たり前の話であるが。

ゴルドらの話す内容から、
どうやら「出店」は自分の望み通りの
タイミングではできないようだ。


「お帰り。
 どうだい、街中の散歩は楽しかったかい?」

喫茶店ではマスターが迎えてくれた。
お客は私達五人以外は
相変わらずいないようだ。

「ええ。
 見るものがみんな珍しくて、
 面白かったわ。
 もうはしゃぎすぎてヘトヘト。」

「そりゃあよかった。
 常連の皆さんもお疲れかい?」

「まぁな。後半はずっと歩き回ってたしな。
 もう十分だ。」

「買うものも買えたしのう。
 今日のここでの行いには
 後悔はないな。」

マスターのセリフに各々が返事している中、
ツリーはテーブル席に座り、
そのまま突っ伏してしまった。

「おやおや、
 お嬢ちゃんは早くもお帰りのようだね。」

マスターの言葉で、ツリーは少しだけ
顔をこちらにむけた。

「また明日じゃな、ツリー。」

ウェンさんはそういってツリーに手を振る。
ツリーはそれに対して返事をすることもなく
瞼をとじた。

彼女の姿は徐々に透けていき
やがて、消えてしまった。

「さーて、俺もぼちぼち「出店」かな?
 今日は仕事も早いしな。
 じゃあみんな、またな。」

ゴルドはそういって別のテーブル席につき、
先程のツリーと同じように机に突っ伏した。

ここで私は気づく。

どうやらこの世界で眠ることが
『出店』する方法らしい。

私自身も眠気を感じて、
カウンター席へと向かう。

カウンターではウェンさんが
マスターに手持ちの袋を預けていた。

「じゃあこれ、宜しくお願いします。」

「了解です。必要になったらいつでも
 申し付けてくださいね。」

さっきウェンさんが買った
原稿用紙や筆記用具のようだ。
どうやらここでの所有物は
マスターに預けることができるらしい。

「今日は僕達みんな、現実では早起きだろうね。」

私の席の後ろから声をかけてくるのは
ムーンである。

「じゃあ、親友の子に宜しくね。」

忘れてた。

美樹と先輩のこと。



―その日、私は目覚まし時計が鳴る
少し前に目覚めた。

ベッドの横の机には
昨晩露天商に貰った小瓶が置いてある。

夢の内容ははっきりと覚えている。
まるで昨日から二日分経ったようだ。

「あら、今日は早いじゃないの。」

「まぁ昨日寝るのも早かったからね。」

私を見て特に心配する様子もない母親。
そう、きっと私はいつも通りなのだ。

私はいつもより一本早い電車にのって、
いつも通りの道を通って学校へ向かう。

美樹とは普段から登校する時刻は違うし、
クラスも違うので実際に会うことになるのは
放課後の部活の時間だろう。

その来るべき時に対して私は
何の心の準備もせずに
学校での半日を後悔なく過ごした。

私が本を忘れて
宿題をできなかった授業でも、
堂々と「すいません忘れました」と
言えば「次回までにやってくるように」
と返ってきただけで事なきをえた。

このまま私の学校での時間は
放課後まで淡々と過ぎていく予定だった。

が。

昼休み、手を洗いに廊下に出ると
増谷先輩が正面から現れた。

思わぬ場所と時間での遭遇だったけど、
私は先輩の目を見続けることができた。

先輩は私の方へ向かって歩いてくる。
私に会いに来たようだ。

「ちょっと、いいかな。」
申し訳なさそうな先輩のセリフ。

私は人気のないグランド脇まで誘われた。
このシチュエーション、愛の告白を期待するには
十分であろう。

残念なことに先輩の表情は愛ではない
別の物を告白してきそうな
申し訳ないものであったし、
私はその表情からこれから良いことが
おきるとは到底想像できなかった。

それでも私はどっしりと構えられた。
落ち着いて、先輩の用件を聞く準備ができていた。

「まず、これだけ先に言っておくよ。」

先輩が口を開いた。

「ごめんね、火田さん。」

それは、私に対する謝罪の言葉だった。



「突然、謝られても何がなんだか…」

「俺が森のことを好きだったんだ。
 彼女に抱きついたのは俺だ。」

森とは美樹の名字である。
増谷先輩はどうやら
私が昨日先輩と美樹が抱き合ってたシーンに
居合わせたことに気づいていたらしい。

先輩は話を続ける。

「あの後森から聞いたんだ。
 君が俺のことを好きだってことを。
 そのことがあって彼女が俺の告白の返答に
 とても困っているということも。

 今も俺はその返事を待っているんだ。
 だから…森のことを責めないんで欲しいんだ。」

私は一旦先輩から目をそらし、
とりあえず大きく息を吐いた。
知らず知らず力んでいた肩が下がる。

美樹は裏切っちゃいなかった。
でも、増谷先輩は私とは付き合う意思はないようだ。

責めるべき人間がいない状況。
これはこれでしんどい立場かもしれない。

それでも、私がここで答えるべきことは
一つしか考えられなかった。

「もちろんですよ。
 むしろ美樹が私のために
 返事を渋っちゃっているなら
 なんだか申し訳ないですねー。

 …私のことは気にしなくていいよって
 美樹にも伝えといてください。
 …あっ、やっぱり私本人から言います。

 だから、先輩も、気にしないで下さいね。
 わざわざ私なんかに謝って下さって
 ありがとうございます!
 それじゃあ!」

そういって私は校舎に戻った。


 その数時間後、私はいつもの時刻に部室で美樹と会った。
 気まずそうにこちらを見る美樹に
 笑顔で「よっ」と声をかけてやる。

「…オッス」

美樹も返事してくれた。

私は決めた。
部活が終わったら、
長時間かけて美樹を説得してやろう。
こんなことでも言いながらね。

「アンタは素直に増谷先輩と
 付き合っちゃえばいいんだよ。

 は?私のこと?いいんだって。
 アンタは図らずも私との勝負に勝ったんだから。
 試合とかだと思えば私もあきらめつくし。

 それに…実は私もう、新しい気になる人もいるしさぁ。」

あれ?

自分でも変なことを言おうとしてる。

別の気になる人なんていたっけ?

 

そこで私は夢の最後を思い出す。

あの人が最後にかけてくれた言葉。

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