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月島君のペース

その2

絵本のようだ。


さっきまで僕がいたはずの居酒屋とはうって変わって、
そこは洋風の喫茶店のような部屋だった。

大事に手入れされていそうな
光沢のある木製のカウンターや椅子。
いわゆるアンティーク調の家具。

カウンター奥にある食器棚にも
こぎれいなグラスや木製の食器が
整頓して収納されている。

それだけなら、たまにある
ちょっとお洒落な喫茶店である。

ただ、そこにいるヒトは
僕に絵本を連想させる。

カウンター手前に座っている
一人は大柄である。
青いオーバーオール。
指先まで太い手や脚。
白色に近づいたツヤのある頭髪と眉毛。
優しく穏やかなまなざし。

どこか品のある老人のようである。

だがしかし全身がなんとも毛深い。
緩やかに出っ張った鼻先は黒く、
半円型の耳は頭の上、つまり頭髪から二つ覗かせている。

そう、彼は服を着て、髪の毛を生やした
熊であった。


熊のひざの上に座っているもう一人は
どうやらリスのようだ。

大きい尻尾の生えたリスの女の子。
かわいい少女らしい
明るい赤色の服を着ている。
その僕に向けられた目は
どこか怯えているようにも見える。


非現実ながらも違和感のないような光景に思えた。
本当なら人間のような振る舞いをするような
熊とリスなんて、恐ろしい光景であろう。

だけど目の前の彼らは
安心させるような姿をしている。
絵本にでてくる登場人物のようだった。


登場人物の熊は後ろを振り向き
再び同じ言葉を繰り返す。

「おぉい、マスター、新しいお客さんだよ」

カウンターごしには誰もいない。
奥にも部屋があるようだが、
僕が立っている場所からはその様子は見えない。

僕はお客さんなのだろうか。

僕は開いたドアのノブをつかんで立っている。
もしこの光景が絵本の一ページで
僕ではない違う誰かが読者だったとしたら
丁度喫茶店に来訪者が入り口から入ってくる
シーンとして描かれているのだろう。

だとしたら、新たな登場人物の僕が
次にとるべき行動はなんなのだろう。

マスターが現れるのをその場で立って待つか、
どこか空いている席(つまり熊とリスの座っている席以外)に
とりあえず座ればいいのか。

店の中に入り、ドアを閉めることは
間違いではないと判断して、
僕は後ろを振り返らずにその行為を実行した。


こんなヘンテコな状況でも、
僕は誰か、何かのペースに合わせようとする。
そこにはいないはずの何かに。

それは決して自分のぺースではない気がする。

*

「まあこっちに来て座ったらどうかね。」

熊が僕に言い、彼の隣のカウンター席を指した。

次にすべきことを考えていた僕は
喜んで彼の言うことに従う。

熊の膝の上のリスは相変わらず
僕のことを警戒している。
警戒すべきは僕のほうのはずなのに。


歩き出してふと気づいた。
自分の着ている服装が違う。
いや、服装だけではない。

手が茶色い毛に覆われている。

まさかと思いその手で顔に触れる。
口と鼻が異様に出っ張り、
鼻先がやたら湿っている。


「ウソだ…」

「まあ、落ち着きなさい。
 そりゃあ誰だって慌てるじゃろう、
 突然自分が犬人間になってしまえばのう。
 ほれ、ツリー、
 鏡をあのお兄ちゃんに貸しておやりなさい。」

熊の言葉を
聞いて確信し、
しぶしぶリスに手渡された鏡で自分を
見て確認した。

「顔が、体が、犬になってる…!」


「…まあまずは座って話をしようじゃあないか。
 あわてることはない、
 時間はゆっくり流れるようじゃしなあ、
 こちらでは。」


リスを僕と反対側の席に座らせて、
熊はカウンターの奥へと入りグラスを持ってきた。

カウンターの上にあったポットから水を注いでくれる。
「どうぞ」

「あ、ありがとうございます…」

何から質問すれば良いのだろう。
ただでさえ初対面の人と話を切り出すのは苦手である。

「さて、自己紹介がまだなんじゃが…」

あぁそうか。まずはそれだな。

「君、名前を名乗ってはならんぞ。」


…僕は何をすればいいんだ・と思いつつ
とりあえず水を飲んでみた。

*

「…正確には自分の本名を言ってはいけない…らしいんじゃ。」

そう熊のおじいさんは言い直した。

「ここでは自分の名前を自分でつけておいて、
 みんなそれぞれその替わりの名前を呼び合う。
 それ以外は気軽にくつろげればいいんじゃないかのう。

 わしはここではウェンという名前にしておる。
 よろしくな。」

熊のおじいさん…ウェンさんはカウンター越しに
僕に握手を求めた。

「あ…よろしくお願いします」と僕はそれに応えて握手をする。

「ツリー、君も自分で挨拶ができるね?」
ウェンさんはそういって僕の二つ隣の席に座る
リスの少女に挨拶を促す。

それでも、彼女は挨拶どころか
僕に目を合わせようともしない。

「ツリー、わしたちはおそらく似た理由で
 ここへ望んで来ているんだ。
 ここでは君のやりたいようにすればいい。
 だが最低限のモラルとマナーは
 わしは守るべきじゃと思うぞ。

 誰も君の紹介で不快に思う者はいないじゃろうし、
 いても放っておけばよいではないか。」

彼女の決断には少しの時間を要した。

でも、その時間は僕にとっても必要であった。
自分のここでの名前を考えなければと思っていたし、
紹介のあとですべき質問、僕が知るべきことは何か
考える必要もあると思っていたからだ。


僕が自分の名前と具体的な質問を二つほど思いついたときに
リスの少女が口を開く。

「…わ、わたしの名前は…ツリー…です…
 ごさいです…
 よろしくお願いしま…」

ツリーという名前はウェンさんが何度も連呼していたし、
言葉の最後は小さすぎて聞きとれなかったが、
彼女が五歳だという事実はわかったし、
なにより幼いころから人見知りな僕には
彼女にとって勇気の要る自己紹介だということが共感できた。

「こちらこそよろしく。」

僕は精一杯の笑顔を彼女に返す。
ツリーは顔を赤らめて目をそらす。

「次は僕の番ですよね。」

たった二人相手に自己紹介するだけなのに
かなり緊張している。
一呼吸してから僕はその場を立ち上がる。

「ええと…僕のことは『ムーン』と呼んでください。
 二十一歳です。人見知りは激しいほうですが
 仲良くしてやってください。
 よろしくお願いします。」

そういって僕は二人にお辞儀をして、
ツリーに握手の手を差し伸べた。

彼女が戸惑いながらも僕の手を握り返してくれたのに
心からほっとした。

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